その昔、大変お世話になった人の墓参りに行ってきた。
過ぎた年月を数えてみたところ、どうやら13回忌にあたるらしい。美しい山並みにある墓地まで車で出掛けることにした。
フリーになる機会を与えてくれた存在
私は広告関連の仕事をしていた時があった。いくつかの会社を渡り歩いて、フリーランスとして独り立ちした。
独立する切っ掛けとなったのが、Kさんとの出逢いだった。Kさんは、ディレクター的なポジションで小さな会社を興して、クライアントと代理店の間を取り持ちながら仕事をしていた。
その当時、私は会社に所属していて、まだまだ駆け出しだった。いくつかのプロジェクトをKさんの基で担当していると、あるとき話の流れで「フリーになったら仕事を回してあげるよ」といった声を掛けてもらった。
その言葉を真に受けてという訳でもないけれど、しばらくして独立することになる。いま思い返してみても、Kさんの存在が少なからず大きかったように思う。
フリーランスになってからも、実績の乏しい自分に、Kさんがとってきた仕事をやらさせてもらうということが続いた。
大震災の時には、次々と案件がストップして大変だった。そんなときにも喫茶店で待ち合わせをして、他愛のない会話をすることで気が楽になったような想い出もある。
最近、本を読んでいてメンターという言葉を知った。自分にとってKさんは、まさにメンター=良き指導者・相談相手だった。フリーランスの不安定な状況を乗り越えられたのも、先輩であるKさんが踏ん張っている背中をみていたからかもしれない。
そして、Kさんに癌が見つかる。
最後まで情熱を失わない姿勢
Kさんの病気を知った経緯をあまり覚えていない。気丈に振る舞っていて、ほとんど病状については口に出さず、入院するギリギリまで仕事をしていた。
地方の撮影でロケハンをしているとき、少し辛そうにしていた姿を思い出す。その瞬間でも私は、Kさんが重病であることを知らず、ちょっと体調がよくないのかな程度に思っていた。
入院してからは、日を追うごとに病状が悪化しているのを感じた。会うたびに痩せていく姿を目にすることになった。動揺を見せないように、いままでと変わりなく話すように心掛けていた。
ただ、仕事に対する情熱は失わず、以前よりも増しているかのような気さえした。クライアントとの打ち合わせに車椅子で現れ、まるで仕事をすることがKさんにとっての生命線のような気迫を、私を含め周りにいた人間は感じていたのではないだろうか。

タイミングをみて、何度か病院にお見舞いに行った。制作した大判のプリントを届けると喜んで、病室の壁に貼っていた。後から聞いた話によると「俺がやった仕事なんだ」と看護婦さんに誇らしげに話していたらしい。
Kさんは学生時代、バスケットやっていたと聞いたことがあったので、井上雄彦の「リアル」を手渡したりした。ちなみに「リアル」は13年たった今も完結していないらしい。
しばらくすると緩和病棟に移動することになった。その当時の自分には、その病棟に移る意味がわかっていなかったように思う。
その頃には、耐えきれないほど痛みが激しくなってきたのだろう。冗談か本気かわからない表情で「この窓から飛び降りたくなる」と最上階にある緩和病棟の窓を見つめた姿が忘れられない。
無情の風は時を嫌わず
そして、葬儀の連絡が入る。
仕事でつながっている共通の知り合いが何人も駆けつけていた。私は泣いた。人目をはばからず、涙がたくさん出た。Kさんの無念さが、なんだか急に押し寄せてきた。
曲がったことが嫌いなKさん
奮闘する若手を褒めるKさん
女性に優しい紳士的なKさん
もらえない年金に腹をたてるKさん
もちろん素敵な面だけでなく、仕事に対する厳しさやプレッシャーもあった。そんなすべてをひっくるめても、感謝しかなかった。その後もフリーランスを10年近く続けられたのは、Kさんあってことだったと感じている。
Kさんが亡くなってから13年の月日が流れ、私には子どもが生まれ、職場が変わり、紆余曲折を経て、いまの自分がある。
ひとつだけ、後悔していることがある。
それは、Kさんの今際の際に、顔を出さなかったこと。亡くなった日にKさんのお姉さんから電話をもらったものの、当時は考えが浅く、家族の時間だと解釈をして病院には出向かなかった。正直にいうと、怖かったのだと思う。
Kさんの可愛がっていた人間と認めてもらって、連絡をもらったにも関わらず、私は不義理をした。私には、そういうところがある。向き合わずに、逃げるところがある。そんな後ろめたい気持ちもあってか、たまに墓参りに行って、墓前に近況を報告していたのかもしれない。
まぁ、Kさんのことだから、私の考えは見透かされていて、許してもらっていると勝手に思っている。
私には、突然の永い別れをすることになった人が何人かいる。そんなとき、何処かで聞いた言葉を思い出す。
『若きとて末をながきと思うなよ、無情の風は時を嫌わず』
その人を思い出したり、ときには語りかけるとき、目に見えなくても、その人とつながっているような気がする。